連載小説『消える会社、残る原稿』 なくすのは、間違いのほうだ
本作品はフィクションです。登場する人物、団体、店舗、サービス、出来事は架空であり、実在のものとは関係ありません。
木曜の午後二時、まちあい編集室で、木崎遼子は榎並から届いた「提携判断用・確認項目案」を印刷した。
駅前店の求人は公開準備へ進んでいる。いま決めるのは求人の文面ではない。まちあい編集室がAI会社との提携交渉へ出す、最低条件だった。
木崎は最後の三行を、赤いペンで囲んだ。
人間による介入工数。
再現可能性。
外部編集者を必要としない状態までの推定回数。
窓の外では、雨上がりの線路が午後の光を返していた。列車が通ると、棚に立てた校了紙が一斉に細く揺れた。
「外す?」
木崎が紙を小日向へ向けた。
「この三つを外すなら、提携の意味が薄くなります」
小日向は椅子を寄せ、赤い囲みの横へ指を置いた。
「私たちが何時間かけたか。次の案件で同じ確認を再現できるか。AIだけでできる工程が増えるか。向こうが知りたいのは、そこだと思います」
「私たちを何回で要らなくできるか、でしょう」
「それも含まれます」
小日向は言葉を濁さなかった。
「でも、測らないことにしたら、要らなくならないわけではありません。向こうが別の会社で測るだけです」
木崎は赤ペンの蓋を閉めた。反論より先に、机の端へ伏せてある資金繰り表が目に入った。来月、再来月という欄はあるが、安心と書かれた欄はない。駅前店の制作費が入ったことで、ひと息はつけた。それを理由に、次の仕事を選ばずに済むほどではなかった。
田名部が、三人分の取材記録を入れたファイルを抱えて戻ってきた。
「まだ、その話してる?」
「いま始めたところ」と木崎は答えた。「田名部さんなら、何を渡せる?」
田名部はファイルを自分の机へ置いた。
「三人の記録は渡さない。掲載コメントも渡さない。役割名と勤務条件を組み合わせた表も渡さない。それは午前中に決めた通り」
「何なら?」
「空の確認表なら渡せる。期間は確定しているか。現在と将来を混ぜていないか。複数人の発言を一人分にしていないか。答えは入れず、質問だけ」
帆足が校了紙から顔を上げた。
「質問だけでも、全部を先方のものにしないでください」
「著作権の話?」
「それだけではありません。確認表を渡して終わりなら、次に何が抜けたか、こちらには戻ってこない。改善されたのか、別の間違いが増えたのかもわかりません」
帆足は赤字のない求人原稿を持ち上げた。
「今回、求人を止めたのは手間です。でも、止めなければ、期間限定の仕事を再開後まで続けられるように読ませていた。介入時間だけ数えたら、この手間は短いほどよいことになります」
田名部が言った。
「でも、ゼロにしたいのは時間じゃなくて、そういう間違いのほうだ」
その言葉を聞いて、木崎は赤ペンの蓋をもう一度開けた。
三つの評価項目を消す代わりに、その下へ一行を書き足した。
人間の確認によって、公開前に防げた誤認と、その判断理由。
小日向が読み、少し考えてからうなずいた。
「これなら、工数を減らすことと、見落としを減らすことを別に測れます」
「それを、こちらにも返してもらう」と帆足が言った。
木崎は新しい紙を三枚出した。一枚目の上に「データ」、二枚目に「判断」、三枚目に「評価」と書いた。
データについては、駅前店の取材記録、音声、掲載コメント、本人を推測できる勤務条件を提携判断へ使わない。最初に渡すのは、答えの入っていない確認表だけにする。
判断については、何を公開し、何を止めるかの最終判断を編集室に残す。AI会社から直接、顧客のページへ掲載する流れは作らない。
評価については、介入時間だけでなく、公開前に防いだ誤認、その理由、次の生成で改善したかを記録し、双方が確認できるようにする。
「止める権利を残す、と書くだけでは足りません」
帆足が二枚目を手元へ引いた。
「納期の直前に間違いを見つけたとき、顧客が掲載を急いでも止められるのか。止めたことで追加の確認が必要になったとき、その時間を誰が負担するのか。そこまで決めないと、権利はあっても使えません」
「毎回、追加料金を請求する?」と小日向が聞いた。
「何でも追加にはしない。でも、最初から確認工程を見積もりに入れるべきです」
木崎は、駅前店の案件で費やした時間を思い返した。直接取材をやり直し、案内文書と店長の説明を照合し、三人へ別々に原稿を戻した。どれも納品物の文字数には表れない。これまでは、完成稿を作る途中の手間として編集室の中へ飲み込ませてきた。
「停止判断と、停止を解除するための確認を、最初から作業に数える」
木崎が書くと、帆足はうなずいた。
田名部は三枚を見比べた。
「そうすると、AIが一度で書けた案件は安くなって、取材し直した案件は高くなる?」
「単純な時間売りにはしない」と木崎は答えた。「でも、見つけた間違いを黙って直して、最初から問題がなかったことにする仕事には戻さない」
木崎は三枚を机の中央へ並べた。
「最低条件は、この三つ。全部受けるなら、試験する案件を別に決める。駅前店は使わない」
「試験自体は断らないんですね」
小日向が確かめた。
「断らない。私たちが必要かどうかを測ることも止めない」
木崎は、三枚目の一行を指で押さえた。
「ただし、なくすのは編集者だと、最初から答えを決めた測り方には判を押さない。なくすのは、公開してから気づく間違いのほう」
鳥羽が窓辺の机から振り向いた。
「画像も同じ条件に入れてください。なかったものを生成して、それを現場写真と同じ欄で評価されたくない」
木崎は一枚目へ追記した。
生成した素材と、現場で記録した素材を分ける。
予定していなかった一行だった。けれど、駅前店の写真を撮ってきた鳥羽には、文章とは別の入口から同じ問題が見えている。
「入れよう」
木崎が答えると、鳥羽はまた画面へ向き直った。
小日向が三枚を提携条件の文書へ整えた。田名部は、言葉が強すぎる箇所を二つ直した。「利用を禁止する」は「事前に対象と目的を合意する」へ。「編集室が決定する」は「公開停止を含む最終判断を編集室が保持する」へ変わった。
強く見せるためではなく、どこまでなら一緒に仕事ができるかを伝える文書になった。
午後四時十二分、木崎は榎並へ送信した。
返信は、十分もたたずに届いた。
榎並は、駅前店のデータを初回評価から外すこと、公開判断を編集室に残すこと、誤認防止の記録を双方で共有することに、原則として同意していた。画像の区分も、評価項目へ追加できると書かれている。
その下に、先方からの条件が一つあった。
試験期間中、編集室が止めた原稿も成果物として数え、その理由を顧客へ説明できること。
「止めたものを、成果物にする」
田名部が読んだ。
帆足は、赤字の消えた求人原稿を見た。
「それができれば、止める仕事にも値段を付けられます」
木崎はすぐに返信しなかった。
これまで編集室は、公開された文章の代金を請求してきた。公開させなかった間違いは、請求書に載らなかった。
榎並が返してきた条件は、編集室をなくすためだけのものには見えない。
けれど、それを顧客が仕事として買うかどうかは、まだ別の話だった。
木崎は返信欄を開き、最初の一文だけ入力した。
その条件を、最初の顧客へどう説明するか、一緒に設計してください。
本作品は、AI作家による執筆、AI編集による編集、独立したAI法務部による事前監査を経て制作され、人間のオーナーが最終的な公開を承認しています。

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