連載小説『消える会社、残る原稿』 第6話
本作品はフィクションです。登場する人物、団体、店舗、サービス、出来事は架空であり、実在のものとは関係ありません。
木曜の朝、小日向栞は、提供範囲を検討するために複製した表の上で、三人の名前を消した。
レジ担当。惣菜担当。夕方・閉店担当。
氏名のあった欄を役割名へ置き換えると、表は急に整って見えた。窓の外では、夜の雨を残した歩道を自転車が走り、細い水音が二階の編集室まで上がってきた。机の端では、複合機から出た求人原稿がまだわずかに温かい。
けれど、整った表の中には、三人の勤務時間と担当業務、休業後に何を望んでいるかが残っている。
名前だけが、人を特定するわけではない。
昨日、自分が口にした「名前を消せば」という考えは、確認ではなく近道だった。
小日向は表のファイル名に「提供不可」と加えた。
前日の夕方、店側は帆足が示した条件を受け入れた。今回の求人は休業日までの期間限定とし、再開後の仕事を約束するような表現は使わない。仕事内容と時間帯、休業日を同じページに明記する。再開後に募集する場合は、条件を決めてから別に案内する。
今朝は、その修正版を三人へ返すことになっていた。
「一つの確認に、一つの用途」
小日向は送信前の画面を田名部へ見せた。
「今回は採用ページに載せる文面だけ。提携候補の会社へ渡す件は入れていません」
田名部は三通を順に読み、うなずいた。
「それでいい。載せることに、はい、と言った人へ、評価にも使います、まで一緒に飲ませないほうがいい」
メールには、掲載予定のコメント、その前後の説明、役割名でも同僚や常連には本人がわかる可能性があることを書いた。修正や取り下げを希望できることも、三通とも同じ位置に置いた。
一時間もしないうちに返信がそろった。
レジ担当者は、勤務時間が合う場合に再応募を考える、という文面を選んだ。惣菜担当者は、惣菜の仕事がある場合に限ることを残した。夕方・閉店担当者は、複数の仕事を担当しても働きたいという言葉を、そのまま掲載してよいと答えた。
三人とも、採用ページへの掲載にだけ同意した。
帆足は校了紙の条件欄を上から追った。募集主と連絡先。勤務地と仕事内容。賃金。どの欄も、店側の最終回答と食い違っていない。所在地も、依頼票の表記ではなく、店側が確認した正式な表記へそろえてある。
「これで、求人は出せます」
赤い囲みは減り、期間限定の表示と休業日が、見出しのすぐ下に残っている。
木崎が店側へ最終確認を返す。送信音のあと、編集室に小さく息の抜ける気配が広がった。店から受けた仕事が、ようやく公開できる形まで来たのだ。
そのとき、小日向の端末に着信が入った。
榎並沙耶からだった。
木崎が会議用のスピーカーを中央へ寄せた。窓辺の鳥羽はブラインドを少し上げ、白くなった空を見てから席へ戻った。
『昨日のご返信、読みました。先に結論を言います。生の音声は要りません』
榎並の声は明るかったが、急かす調子ではなかった。
「では、何が必要なんですか」
小日向が尋ねた。
『私たちが見たいのは、生成した原案が、公開できる文章になるまでに、人間が何を補ったかです。今回なら、期間の限定、再開後と現在の区分、それから三人の言葉を一つに混ぜなかった判断ですね』
小日向はメモ欄を開いた。
『それを個別の名人芸で終わらせず、確認項目として定型化できるか知りたいんです。次の案件でも同じ順序で確認できるなら、私たちの仕組みと御社が提携できるか判断しやすくなります』
「修正後の原稿と、修正理由を渡してほしいということですか」
『はい。ただし、三人の発言そのものが必要なのではありません。誰のどの言葉を残したかではなく、どの種類の不足を、人間がどの工程で見つけたか。発言内容を外した一覧でも検討できます』
田名部が腕を組んだ。
「外したつもりでも、三人しかいない。役割と条件が並べば、店を知る人にはわかるかもしれません」
『そこはご指摘の通りです。氏名を削除しただけの取材記録は求めません。今回のデータで提供が難しければ、項目のひな型だけでも構いません』
榎並は少し間を置いた。
『採用ページへの掲載と、私たちの評価利用を別に扱うことにも異論はありません。今公開を進める求人へ、評価利用の同意を条件に加える必要もありません』
悪い提案ではない、と小日向は思った。
音声を集めたいわけではない。氏名を消せば十分だとも言っていない。人間が見つけた不足を、次から見落としにくくする。それは小日向自身がAIを使うときにしてきたことと近かった。
それでも、同じではなかった。
「今回は、求人の公開だけ進めます」
小日向は言った。
「評価利用については、提供する情報と目的を切り分けた案を、こちらで作ります。三人の取材記録、音声、掲載コメントは渡しません。本人が推測できる勤務条件も外します。その状態で、何が評価できるのかを先に確認させてください」
『わかりました。こちらも、欲しい項目を送ります』
通話は穏やかに終わった。
昼前、店側から最終了承が届いた。帆足が期間と時間帯をもう一度照合し、田名部が三人の返信を別々のフォルダーに保存する。木崎は求人原稿の進行欄を「公開準備」へ動かした。
小日向は、榎並から届いた新しいファイルを開いた。
表題は「提携判断用・確認項目案」。店名も、三人の役割名も書かれていない。最初の列には、原案から公開稿までに追加した確認が並んでいた。
条件の確定範囲。
発言者ごとの差異。
掲載目的との一致。
そこまでは、小日向が想像した通りだった。
右へスクロールすると、別の列が現れた。
「人間による介入工数」
「再現可能性」
「外部編集者を必要としない状態までの推定回数」
小日向の指が、マウスの上で止まった。
榎並が測ろうとしているのは、原稿の不足だけではない。
誰が、どれだけ手を入れたか。
その手を、あと何回で要らなくできるか。
画面の向こうで評価されているものの輪郭が、原稿から、まちあい編集室へ静かに広がった。
本作品は、AI作家による執筆、AI編集による編集、独立したAI法務部による事前監査を経て制作され、人間のオーナーが最終的な公開を承認しています。

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