連載小説『消える会社、残る原稿』 第4話
本作品はフィクションです。登場する人物、団体、店舗、サービス、出来事は架空であり、実在のものとは関係ありません。
翌朝、田名部周は三つの生成コメントを印刷し、文字が見えないよう伏せて机の端に置いた。
運営本部からは、三人への直接取材、条件の分離、AI入力と承認経路の開示に応じると、朝一番で返信が来ていた。資料の開示期限は正午だった。
見比べるのは、話を聞いたあとでいい。
窓の外を列車が通り、ガラスが短く震えた。田名部は録音機の保存先に三つのフォルダを作り、それぞれに名前を付けた。
レジ。惣菜。夕方。
以前の田名部なら、同じ質問への答えを一つの文書へ入れ、重複を削り、読みやすい順に並べただろう。その結果、複数人の言葉を一人分の滑らかな声にしてしまった。
今日は、ファイルも紙も混ぜない。
質問は三人とも同じにした。
いま、どんな仕事をしているか。
店が小さくなったあと、働きたいか。
残したいものと、変わってほしいものは何か。
午前九時すぎ、駅前店の休憩室には、壁掛け時計の秒針と古い冷蔵庫の作動音が交互に響いていた。隅には不ぞろいのマグカップが伏せられ、壁の勤務表には何度も貼り直した跡がある。売場からレジの読み取り音が聞こえるたび、ここが店の裏側であることを思い出した。
店長は三人を二十分ずつ業務から外し、入口に「取材中」の紙を貼った。
田名部は、録音すること、採用ページへ載せる前に本人へ文章を戻すこと、名前を出すかどうかは本人が決められることを、一人ずつ説明した。
最初に入ってきたのは、昨日のレジ担当者だった。裏返していた名札を、ドアの前で表へ戻した。
「昨日は、名前付きで何かを訴えた人にされたくなかったんです」
椅子へ座る前に言った。
「取材を受けると決めたので、今日は出します。でも記事では、まだ名前を出さないでください」
「名前は出さず、役割名で載せます。ただ、同僚や常連には内容からわかる可能性があります。録音は原稿作成と本人確認にだけ使い、原稿をお戻しするとき、掲載してよいかも改めて確認します。嫌なら今でも止められます」
「録音はしてください。あとで、言っていないことが入っていないか確認したいので」
田名部は録音機を彼女から見える位置に置き、赤いランプが点いたことを一緒に確かめた。
再開後も働くかと聞くと、彼女は「条件を見てからです」と答えた。
「いまは午後から閉店までで、レジが中心です。再開後は短い時間を交代で、品出しもやると聞きました。それなら覚えられると思います。でも、何時から何時までか、週に何日かが決まらないと返事はできません」
「本部から契約について紙が来ていた気がします。休憩室の棚へ入れたままで、まだきちんと読めていません」
「取材が終わったあとで構いません。求人条件に関係する内容なら、確認させてください」
「常連のお客様から『また明日ね』と言われることはありますか」
田名部は生成コメントを見せず、その一文に含まれていた出来事だけを尋ねた。
「あります。でも、励みになる、とは少し違います」
彼女は表に戻した名札へ一度触れた。
「明日も同じ時間にいると思われてるんだな、って。今は、それを約束できないのが苦しいです」
二人目の惣菜担当者は、白衣の袖を肘までまくったまま入ってきた。ドアが開いた一瞬、揚げ油と甘い煮物の匂いが流れ込んだ。
「再開した店では、惣菜が今と同じ形では残らないんですよね」
田名部が確認すると、惣菜担当者はうなずいた。
「私は休業に入るところで、いったん辞めるつもりです。だから、休業までの短い求人だと正直に出すなら、募集することには反対しません。今だって人が足りなくて、休憩をずらしてますから」
「ご自身は、再開後も?」
「惣菜が残るなら、再開するときにもう一度応募するかもしれません。でも、品出しだけになるなら、別の仕事を探します」
「新しい店を一緒につくりたい、ということですか」
「そんな立派な感じではないです」
笑ったあと、指先で白衣についた小さな粉を払った。
「店を新しくしたいんじゃなくて、なくしたくない仕事があるだけです」
三人目は、夕方の品出しと閉店作業を担当している人だった。勤務前の私服で、椅子へ浅く座った。
「小さくなったら、一人でいくつか担当することになります」
田名部が言うと、相手は身を乗り出した。
「そのほうがいいです。今はレジが混んでいても、担当が違うと勝手に入れない。覚えることが増えても、店全体を見て動けるほうが働きやすいです」
三人の中で、再開後も働きたいとはっきり答えたのは、その人だけだった。
「『変わらない安心を、これからも届ける』という考えについては、どう思いますか」
「変わることは、先に言ったほうが安心じゃないですか」
休憩室の外を台車が通り、瓶同士が触れる音が遠ざかった。
「広さも時間も仕事も変わる。でも、店の人に聞けば何がどこにあるかわかる、というのは残せるかもしれない。僕が残したいのは、そっちです」
三人目が売場へ戻ると、時計は十一時を少し過ぎていた。
田名部は休憩室に残り、三件の録音が、それぞれのフォルダへ保存されていることを確認した。似た内容があってもコピーしない。言い直しを整えるときも、別の人の言葉で補わない。聞き取れない箇所には、聞き取れないと印を付けた。
事務所へ戻り、伏せていた生成コメントを表に返した。
出来事の輪郭だけなら、原案は完全な作り話ではなかった。常連客は「また明日」と言い、惣菜担当者には残したい仕事があり、夕方担当者は複数業務を歓迎した。
だが、三人の言葉を本人のものにしていたのは、原案から落ちた条件のほうだった。時間が決まらなければ働けない。惣菜がなくなるなら別の仕事を探す。変化を先に知らされることこそ安心だ。AIが反対の意味を加えたのではない。入力されなかった条件が、最初から存在しないものとして整えられていた。
田名部は三人分の原稿を作った。長さはそろわず、結論も一致しなかった。読みやすい採用ページにするには、まだ削る必要がある。
だが、削る前に戻す相手が、今度はわかっている。
正午まで、あと十八分。木崎と帆足が田名部の画面を挟んで立ったとき、レジ担当者が事務所へ電話をかけてきた。
『さっき話した、本部からの紙が見つかりました』
田名部の端末へ、表題が読めるよう撮った写真が届いた。
契約更新に関する案内
休業に入る時点で現在の契約期間を終え、再開後に働く場合は、改めて応募と選考を行う予定だと書かれていた。
田名部は、前日の店長の言葉を思い出した。
現在の欠員を埋めるために採用し、再開後も働いてもらうつもりだ、と店長は説明していた。今いる人へ希望を聞き、それでも足りない人を外から探す、とも。
案内の日付は、店長への取材より前だった。
「希望を聞いて配置を決める話と、全員がいったん契約を終えて応募し直す話は、同じではない」
帆足が写真を拡大した。指は「予定」という二文字のところで止まった。
「ただし、これだけで最終決定とも、違法とも言えません。誰に、いつ、何を説明した文書か確認が必要です」
本人の言葉で書き直した原稿は、生成原案より整っていなかった。
その代わり、整った説明の下に隠れていた食い違いを、一枚の紙と結びつけた。
木崎は店長と運営本部を宛先に入れ、写真を添付した。
現在の従業員と新規採用者について、休業時の契約終了、再開後の応募・選考、継続勤務の扱いを分けて説明してください。求人原稿は回答まで停止します。
送信音が鳴った。
答えを待つあいだ、田名部は三人の原稿を、一つの声にまとめなかった。
本作品は、AI作家による執筆、AI編集による編集、独立したAI法務部による事前監査を経て制作され、人間のオーナーが最終的な公開を承認しています。

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