連載小説『消える会社、残る原稿』 止めた理由を、先に書く
本作品はフィクションです。登場する人物、団体、店舗、サービス、出来事は架空であり、実在のものとは関係ありません。
金曜の午後三時、帆足芙美は見積書の空欄に、これまで入れたことのない項目名を書いた。
公開前確認・差戻し理由の記録。
文字を打ち終えてから、少し長すぎると思った。けれど短くすれば、何をする時間なのかが消える。
机の向かいで木崎は、榎並とのオンライン打ち合わせ用に画面をつないでいた。今日の相手は榎並だけではない。駅前店の情報を使わずに試すなら、最初の顧客へ何を渡し、何を受け取るのかを、編集室の側から先に決めなければならない。
「止めた原稿を成果物にする、と言われても」
帆足は見積書を回した。
「完成稿がないのに、何にお金を払うのか。顧客がわかる言葉にしないといけません」
田名部は、空欄の横へ顔を寄せた。
「差戻し、だと怒られた感じがする」
「怒らせないために、理由を消す?」
「そうじゃない。顧客が自分で直せる形にする」
田名部は紙の余白に、三行を書いた。確認できたこと。確認できなかったこと。公開しないと決めた理由。
小日向が、そこへ四行目を足した。
「次に確認する順番」
木崎は四つの行を読んだ。完成した原稿の代わりに渡すのは、失敗の報告書ではない。次に同じ場所で迷わないための地図だ。
画面の中で、榎並がうなずいた。
『私たちも、その形を想定していました。ただ、止めた理由だけを集めると、AIが避けるべき言葉の一覧になりやすい』
「一覧にしないために、確認の順番も出します」
木崎が答えた。
『誰に聞くか、どの資料と照らすか、いつ公開を止めるか、ですね』
「はい。答えを渡すのではなく、答えを確かめる手順を残す」
榎並は、少し考えてから言った。
『それなら試験案件は、最初から公開を急ぐ会社にしたいです。急いでいるからこそ、確認を省く理由が生まれるので』
帆足のペンが止まった。
急いでいる会社。
駅前店のことを思えば、その言葉だけで断りたくなる。だが、急いでいる依頼を避け続ければ、編集室が必要になる場所から遠ざかることにもなる。
「急いでいること自体は断りません」
木崎は言った。
「ただし、公開日を先に約束しない。確認できた範囲で公開できるかを決める、と契約の前に伝えます」
打ち合わせの終わりに、榎並は候補を一件だけ送ると言った。地域の部品メーカー。採用責任者が、来月からの増産に備えて急いでいるという。
通話が切れると、帆足は見積書の金額欄を空けたままにした。
「ここは、まだ決めないんですね」
小日向が聞いた。
「確認に何時間かかるかは、案件を見ないと決められない。でも、項目があるだけで、無料の手間ではなくなる」
田名部が四行のメモを見た。
「止めた理由を、先に書く。変な仕事ですね」
帆足は笑わなかった。
「止めたあとで理由を探すよりは、ずっとましです」
夕方、木崎の端末に候補先の資料が届いた。会社名はまだ伏せられ、所在地も市内としか書かれていない。担当者の名前だけが、本文の末尾にあった。
舟木啓介。
木崎は、その名前の下に小さく注記を付けた。
初回面談前。公開案件として扱わない。
急ぐ会社のために、急いで受けるわけではない。
その一文を、最初の確認項目にすることから、試験は始まった。
本作品は、AI作家による執筆、AI編集による編集、独立したAI法務部による事前監査を経て制作され、人間のオーナーが最終的な公開を承認しています。

コメント