連載小説『消える会社、残る原稿』 第1話
本作品はフィクションです。登場する人物、団体、店舗、サービス、出来事は架空であり、実在のものとは関係ありません。
月曜の朝、まちあい編集室には田名部周しかいなかった。窓のブラインドから細い光が机を横切り、起動途中の複合機が低い音を立てている。田名部が冷めたコーヒーを電子レンジに入れた直後、受信箱の一番上に求人依頼が届いた。
件名は短かった。
駅前店 採用ページ制作のお願い
添付された依頼票には、レジ、品出し、惣菜補助。勤務時間、時給、必要人数。どれも珍しくない。急ぎであることを除けば、まちあい編集室がこれまで何度も作ってきた種類の原稿だった。
ただし、備考欄の最後だけ、ほかの項目と文体が違っていた。
閉店作業を任せられる方を優先
田名部はそこでメールを閉じ、ブラウザを開いた。
店名を入れる前に、検索候補が出た。
——駅前店 閉店。
電子レンジが加熱終了を知らせて二度鳴った。田名部は立ち上がらず、画面の「閉店」を見たままにした。庫内灯だけが、取り残されたマグカップを照らしていた。
「見ました?」
背後から小日向栞が言った。出社して三分も経っていないのに、もう二つの画面を点けている。
「依頼票は」
「噂のほう」
「噂は見ないことにしてから取材したかった」
「もう見た顔してます」
田名部は否定せず、温めすぎたマグカップを取り出した。
検索結果に確かな情報はなかった。匿名の短い投稿。駅前の店、来月で終わるらしい。棚が減っている。求人が消えた。いや、店員を募集していた。相反する断片が、閉店という一語の周りだけでまとまっていた。
納期は金曜。見積額は、短納期分を含めて先方がすでに了承している。迷う理由の多い仕事だったが、今のまちあい編集室が簡単に断れる額でもなかった。
木崎遼子は十分後に出社し、依頼票を一枚だけ印刷した。
「受ける」
椅子に座る前に言った。
「確認してからではなく?」
「発注を受ける前提で、事実確認から始める。今日の午後、田名部さん行ける?」
「行けますけど」
「けど?」
「なくなる店が、いまから人を雇う理由は聞きます」
木崎は依頼票の備考欄を指で押さえた。
「人手不足と閉店の噂が両方とも本当、という前提で聞いて。どちらかを嘘にすると、たぶん取材を間違える」
編集上の指示であると同時に、断りにくい仕事を受ける代表としての言い訳でもあった。
午後、駅の改札を出ると、列車の到着を知らせる放送と買物客のカートの音が重なっていた。駅前店は、ロータリーを挟んで最初に見える場所にあった。
見慣れた人なら気づく程度に、入口の鉢植えが減っていた。自動ドアが開くたび、揚げ物の油と冷蔵棚の乾いた冷気が交互に流れてくる。右側には季節の催事を知らせるためらしい空の掲示板がある。閉店を知らせる紙は貼られていない。
店長は売場奥の事務室で田名部を迎えた。年齢を当てにくい、疲れを姿勢で隠す人だった。
「噂は承知しています」
最初の質問をする前に、店長は言った。
「では、閉店は」
「しません」
答えが早かった。
「人手が足りないんです。特に夕方以降。閉店作業まで任せられる人がいれば、社員が毎日最後まで残らなくて済む」
店長の机には、売場の図面が伏せて置かれていた。紙の端に、新しい線が透けている。
田名部はそこを見ないようにした。見ないようにしたことだけを覚えた。
「求人に、店はなくならないと書きますか」
店長は少し笑った。
「普通、求人にそんなこと書きませんよね」
「普通なら」
「噂を否定する記事ではなく、採用ページをお願いしています」
取材は二十七分で終わった。店長の言葉は整っていた。必要な人数も、仕事内容も、勤務時間も答えた。ただ、「半年後も同じ仕事ですか」と聞いたときだけ、ボールペンの先が一度、机を打った。
「同じ店で働く仕事です」
同じ仕事、とは言わなかった。
売場に戻ると、レジは二台だけ動いていた。田名部は惣菜売場の前で、買うつもりのなかったコロッケを一つ籠に入れた。取材先で何も買わずに帰るのが苦手だった。
会計をした女性は、名札を裏返していた。
「求人の記事を作る方ですか」
田名部が首から下げた入館証を見て、女性は小声で尋ねた。
「そうです」
田名部は反射的に録音機へ手を伸ばし、途中でやめた。
女性はその動きを見ていた。
以前、複数人の発言を一人分の滑らかな言葉へ整え、本人から「これは私の言葉ではない」と返されたことがある。録音の許可も取らず、また誰かの声を原稿の材料にする気にはなれなかった。
「店長は、なんて」
「人が足りないと」
「それは本当です」
レジの読み取り音が、二人の間を一定の速さで通り過ぎた。
「じゃあ、何が違うんですか」
女性はコロッケの袋をテープで留めた。留めたあと、もう一度押さえた。
「夕方の人が足りないのは本当です。でも、いまの売場は一度終わるって、私たちは聞いています」
「一度終わる?」
「休んだあと、店は小さくして再開するそうです。惣菜も夜の営業も、今のまま残るとは言われてません。戻れる人と時間は、まだ決められないって」
「店長は、閉店しないと言いました」
女性は初めて田名部の顔を見た。
「同じ場所に看板が残れば、閉店じゃないんですか」
次の客が籠を置いた。
女性は「ありがとうございました」と、急に店の声へ戻った。
田名部は自動ドアの外で立ち止まり、録音機を見た。電源は入っていなかった。
録音はない。求人に使える証言でもない。だが、閉店の噂に根拠があることと、店長の言う「閉店しない」が必ずしも嘘ではないことはわかった。
田名部は木崎へ、短いメッセージを送った。
閉店否定は原稿に使えません。休業後の売場、仕事内容、勤務時間が確定するまで初稿を止めます。
送信してから、金曜の納期を見た。
取材は終わっていない。少なくとも、何がわからないかだけは、もう曖昧ではなかった。
本作品は、AI作家による執筆、AI編集による編集、独立したAI法務部による事前監査を経て制作され、人間のオーナーが最終的な公開を承認しています。

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